シエラレオネで感じる経済学 (最終回) 物乞いたちのゲームと制度 シエラレオネ事務所 西野義崇

2019/03/25

第3話で見たように、ゲーム理論は、人間の行動を分析するのに有用なツールとなり得ます。そのため、ゲーム理論と統計学を媒介として、経済学や心理学のみならず、歴史学、社会学など他の人文科学系分野との垣根を越えた学際的な研究がなされるようになってきました。ゲーム理論の目で歴史を紐解いてみると、現代にも通じる面白い点が見えてきます。

中世の地中海世界に、マグリブ商人とジェノヴァ商人という集団がありました。彼らは代理人を使って地中海世界のあらゆる場所で交易を行っていました。しかし、これらの代理人は遠く離れた場所にいるため、商売で得たお金を持ち逃げしてしまう可能性があります。そこで、マグリブ商人たちは、一度裏切った代理人を二度と仲間の商人たちから雇われないよう「村八分」にする制度を作っていきました(日本の江戸時代における「株仲間」もこれと似たような制度を持っていました)。一方のジェノヴァ商人たちは、より個人主義的で、法制度を整備することによって裏切りを防ぐメカニズムを生み出しました。こうした司法システムの構築にはコストがかかるのですが、血縁・縁故などによる強い結びつきを前提としたマグリブ商人のやり方に比べ、多くの人が取引に参入できる開かれた社会づくりに適していたため、ジェノヴァ商人の活躍の場は広がり、繁栄してゆくことになったのでした。こうした、マグリブ商人とジェノヴァ商人の制度の違いは、アブナー・グライフという経済史研究者によると、二つ(以上)の異なった均衡状態が存在するゲームの構造として捉えることができます(商人と代理人との間の裏切りを防ぐメカニズム自体も「繰り返しゲーム」の構造として捉えることができ、更には、マグリブ商人型とジェノヴァ商人型の仕組みの拮抗まで考えると、いわばゲームが入れ子構造になっているのですが、ここでは詳しく述べる余裕がないため割愛させて頂きます)。

さて、私がフリータウン市内で以前住んでいた家は、レストランが入っているビルの上の階にありました。外国人やお金持ちがよく訪れる場所だったからでしょうか、障がいのある 物乞いがよく集まってきていました。内戦時代に手や足を切り落とされた人、先天的な身体障がいを持った人、ポリオの後遺症がある人(ポリオは予防接種を受けていればほぼ予防可能なはずなのですが、社会的排除や親の知識の欠如などにより、予防接種を受けられなかったのだろうと推測されます)など、様々です。当然ながら、上の階に住む、明らかに肌の色が異なる外国人である私にも支援を求めてきました。しかし、お金や食べ物をあげるのを毎日繰り返すだけでは、今日も明日も、昨日と同じ日々が続くだけになることは、目に見えています。そこで私は「どうすればあなた方の問題を根本的に解決できるのか?」と問いかけたのです。彼らは話し合い「一人600,000レオン(約7,820円)を貸してくれれば、商売を始めて自立できる」と言ってきました。私は自分のポケットマネーで彼らにお金を貸してあげることにしました(注:筆者個人の行為であり、AMDA-MINDSの活動とは無関係です)。

物乞いたちとの集合写真。筆者が来ているTシャツは東大寺で購入した、華厳経の精神を表す「一即一切 一切即一」の文言が入ったもの。


残念ながら、きちんと返さずにお金を持ち逃げしてしまう人もいました。すると、彼らは「それは許さない、もうあいつは二度とグループに入れない」と言います。しかし、何度も彼らとやり取りを続ける中で、リーダー、サブリーダーの役割が固定化され、最初に持ち逃げしたはずの人の所へも出かけて行き、少しずつですが、お金を回収してくるようになりました。また、病気・事故・災害などで突発的な支払いが必要になった際、手持ちの現金が無く、払えないということが時にあります(こうした状態を経済学の言葉では「流動性制約」と言います)。そのような訴えがあった場合は、リーダーやサブリーダーが現地に出向き、本当かどうかを確かめ、お金が必要であれば、他の人のニーズと折り合いを付けながら、話をまとめたうえで私に相談してくるようになりました。こうしたことは、コミュニティにおける私的な統治・司法のメカニズムが形成されてきた、とも言いかえられるのではないでしょうか。一つの場所に固まって住んでいる人もいますが、本来はバラバラな場所に住んでいた物乞いたちが、地域を越えて協調してゆくようになりましたし、何かあった時に、「オスス」と呼ばれるお金を出し合う仕組みによって助け合う機会も増えたように思います(日本では「頼母子講」「無尽」などと呼ばれるもので 、お金を出し合い、集まったお金を参加者が順番に受け取って何かを購入する、といった仕組みです。このような仕組みは世界的に見られるもので、経済学ではROSCA(Rotating Savings and Credit Association 回転型貯蓄信用講)と呼ばれます)。

つまり、彼ら物乞いとしてのコミュニティが、マグリブ商人型の排除による制裁の仕組みから、私的なものではありますが、ジェノヴァ商人型の司法システムの形成へと変容してゆく過程に、私には思えたのです。そして、それを可能にしたのは、最初は「あの日本人にお金を借りられるから」という動機で会っていただけの物乞いたちが、互いに顔の見える関係、気心の知れた関係になってゆくことによって培われた「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」だったのではないか、と思うのです。ソーシャル・キャピタルとは、ある社会に内在する人々の社会関係・協調行動を規定するもののことですが、分かりやすく言ってしまえば、互いの結びつき、信頼、協調、人脈などといったものになるでしょうか。ソーシャル・キャピタルは、同じグループ内の結びつきを強める「結束型」と、他のグループとつなぎ合わせる「橋渡し型」に分類されており、物乞いの集団がジェノヴァ商人のように「橋渡し型」のソーシャル・キャピタルを醸成していったように感じられるのです。ソーシャル・キャピタルはプロジェクトの成否にも関わる重要な要素の一つとして、近年、開発経済学などでも注目されており、計測のための様々な定量化の工夫も行われているものです。

彼らに貸したお金のうち、相当額が返ってきておらず、まだ道半ばではありますが、彼らの地道な努力を見守りたいと思っています。