伝統的産婆の本当の想い~母子保健向上への取り組みから~
ホンジュラス事務所 白川良美

2021/06/10

2019年に始まった「エル・パライソ県テウパセンティ市における妊産婦ケア改善支援事業」では、山間部での保健啓発活動に注力しつつ、保健所の屋根改修工事や超音波診断装置(エコー)の導入、保健所スタッフをはじめ、保健ボランティアや伝統的産婆への研修、妊婦クラブ(母親学級)の開催などに取り組んできました。3年目を迎える2021年は、保健ボランティアと伝統的産婆が活躍の場をより広げていけるよう、研修内容を基礎から応用へとグレードアップして活動しています。
 

バルパライソ保健所での伝統的産婆研修の様子。伝統的産婆の平均年齢は56歳。中には、伝統的産婆だった母親のアシスタントとして、17歳の時からお産介助をしている人も。

 
今回は、研修を受講した伝統的産婆のマルセリ・ラゴスさんをご紹介します。
 
現在54歳のマルセリさんは、これまで伝統的産婆としてたくさんの赤ちゃんを取り上げてきました。近年、保健省の方針が変わり、施設分娩が推奨されるようになってからは自宅分娩が減り、それに伴い産婆の仕事も減ってきたと言います。本事業でも保健省の指針に沿って、伝統的産婆には施設分娩の安全性を伝えること、出産予定日が近づいたときは「妊婦の家」と呼ばれる病院近くで待機できる施設へ案内することを推奨しています。
 
研修を受講するマルセリ・ラゴスさん(中央)。自分の出産時には緊急介助が必要となり、友人の産婆がとりあげてくれたそう。

 
さて、私が気になっていたのは産婆の生活状況の変化です。今まで赤ちゃんを取り上げることで現金収入があり、少なからず生計の足しにしてきたはず。貴重な現金収入がなくなることは、伝統的産婆自身にとって大問題ではないかと考え、本当のところはどう感じているのかマルセリさんに聞いてみました。
 
「確かに赤ちゃんを取り上げなくなってからは、現金収入は減ったかな。でも研修で施設分娩が妊婦にとって安全だということを教わったから、今は施設分娩を勧めているの。いままで産婆をやってきたのもこの村の妊婦さんのためで、自分のためではないし、産婆で収入がなくなったからといって、夫も働いているから、とたんに食うに困るようになったわけでもないのよ。一番の望みは妊婦さんの幸せなの」
 
この言葉を聞いて、村の妊婦のために活動する伝統的産婆の、村への、そして妊婦への愛情の深さをひしひしと感じました。赤ちゃんを取り上げる産婆から施設分娩を推奨する産婆へと役割が変わりつつあっても、根底にある村の女性に対する愛情は変わらないのだということを教えてもらいました。
 
ホンジュラス山間部における2020年度の施設分娩率(56%)は、前年度(58%)を若干下回る結果となりました。これは施設分娩を検討していた妊婦が、新型コロナウイルス感染症の影響により、自宅での分娩を選択したことも要因の一つとされています。
 
また、県内の他市では、自宅分娩で妊婦が死亡したケースもあったことから、テウパセンティ市にも妊婦死亡対策委員会を設置することが県保健事務所から提案され、関係者による会合が開かれました。この会合では、妊婦の信頼を得ている産婆に、施設分娩をより推奨してもらうための工夫として、病院へのリファー数や貢献度によって産婆を表彰するなどの新たな取り組みが検討されました。
 
会合には、県保健事務所、市役所、市保健所の職員に加え、アムダマインズからも筆者(右端)が参加

 
今後も県や市の保健所、市役所、そして伝統的産婆と協力し、妊婦が安全にお産できるよう活動していきたいと思います。引き続きご支援くださいますよう、よろしくお願いします。
 
 

白川良美(しらかわよしみ)
ホンジュラス事業 業務調整員

 
中学生の時にケビン・カーターの「ハゲワシと少女」の写真を見たことが、国際協力の道をめざすきっかけに。看護師として働いた後、青年海外協力隊員になり、南米パラグアイで生活習慣病予防対策等に携わる。その後、公衆衛生学修士を取得。開発コンサルティング企業勤務を経て、2019年AMDA-MINDS入職。趣味はバスケ、スノーボード、アクセサリー作り。岡山のおすすめスポットは、日本酒の利き酒ができる駅周辺の某店。千葉県出身。

 
 
 


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