「うみがめ」について

なぜ「うみがめ」便りなのか、幾人かの方に問われることがあったので、まだ数少ないであろう特別な 読者の皆様にお伝えすべきであろうと感じた。もったいぶった書きぶりの割に、中身がないことを恐れつつも、下記綴らせて頂きたい。
 
私は海に潜ることが好きである。小学校の頃、夏休みの度に母方の田舎である山陰の海で泳いだ。中学、高校と陸の上のスポーツに勤しんだが、大学のクラブで再び海に潜る機会を得た。ギア(潜水器具)をつけて潜ることもあれば、心肺機能の限界を試すかのような素潜りを行うことも多かった。とても素晴らしいスポーツであると感じていたが、お金と時間がかかり過ぎたのでクラブに長居することはなかった。しかし、その時の「訓練」のおかげで、今でも何とか潜ることができる。ただ、AMDAに勤務してからというもの、スクーバに関して言えば沖縄の海に二度潜ったきりである。(これからもっと潜りたいと考えている。)
 

 
さて、私はダイバーと言っても、今では素人同然なので、潜る場所が沖縄であれ海外であれ、天候、潮流、透明度などの基準に照らし、地元のダイバーやショップの方が、その日状態が良いと判断した「お勧めスポット」に潜る。添乗員に率いられ観光地を周る旅行者のようなものである。ただツアー旅行とダイビングが少し違うのは、どこのスポットに潜るかはその日の朝を迎えないと分らないことである。 いずれにしても、素人は大物を見たがる。それはマンタであったり、回遊魚の群れであったり、あるいはジンベイザメであったりする。 自由に呼吸できない青い世界に生きる巨大な生き物の存在は、自然美の傍観者に驚愕と畏敬の念を抱かせる。そんな中でウミガメとの対面は落ち着きと安心感を与えてくれる。以前、ケニアの東海岸に潜ったとき、確か海岸からの直エントリーで、目の前を数十匹の小型の ウミガメが乱舞していた光景を見ることができたが、それは驚愕というより深海への誘い(いざない)を表現したものと解釈した。
 
そう。ウミガメは別世界へ人を導く乗り物なのである。乗り物は安心感を与えなければならない。昔話に出てくる浦島太郎も助けたカメによって竜宮城へ導かれた。もちろんカメも竜宮城もメタフォーである。
 
NGOで働く海外赴任者の多くは、特別な社会、地上の楽園とも言える日本を離れ、深海のごとく自由に呼吸することが困難な途上国の現場に誘われる。潜水艦を繰り出して一定の呼吸空間を維持する政府や国連機関のスタッフとは居住環境が異なる。肌をむき出しにし、眼を大きく開け、耳を立て、海中の友人達と懸命に語り合う。ただそこには竜宮城もあり、安らぎを与えてくれることもしばしばある。海の中の生活に慣れてくると、やがて小さなエラができ、少しは呼吸が楽になるであろう。だがそうでなければ竜宮城における生活に依存することになり、やがて地上へ戻る準備をしなければならない。玉手箱というお土産を持って。
 
玉手箱の中には想い出が一杯詰まっている。しかしそれをすべて開けてしまうと、もう二度と海には戻れなくなる。それだけではない。帰還してみたものの、地上の楽園では長い年月が経ち、そこに自分の居場所を見つけることが困難となり孤独を感じることになる。周囲も覚えていてはくれない。過去の足跡は波で洗われ、その反対の方向へ新たな一歩を踏み出すことを余儀なくされる。
 
かつて佇んでいた浜辺の世界、海中の世界、そして時間を経て戻ってきた浜辺・・・ウミガメはそんな3つの世界を行き来する乗り物のメタフォーなのである。したがって、うみがめ便りはそれぞれの世界を描写するスケッチのメタフォーでもある。そんな思いを込めて名づけたつもりである。ここまで読んで『海辺のカフカ』を思い起こした人もいるのではないかと思う。無論、ここまで言い切ってしまうと、名前負けしてしまう気がしないでもないが、AMDA社会開発機構のホームページを訪れた人たちに、ウミガメがつなぐ浜辺や海中のスケッチをお届けしたいと思う。どうぞよろしくお願いします。