理事長ブログ「うみがめ便り~人生の節目、折り返しの時、そして大海へ(後編)」

2022/12/23

 
(前編はこちらから)
 
着任から約1年が経とうとしていた1993年の春、パリ和平協定に署名していた4派のうちの一つ、ポル・ポト派が、協定の枠組から脱退し、選挙をボイコットするという情報が広まった。民主的な総選挙(憲法制定議会選挙)の5月実施を目指していたUNTACは、あたかもタイヤを一つ失った車両による走行を余儀なくされたかのような窮地に陥った。
 
当時私が担当していたカンポット州のチューク郡でも、郡都から直線距離にして15キロ程度しか離れていない複数の山中にポル・ポト派の部隊が潜み、一部の地域を支配しており、選挙プロセスに対する妨害活動がにわかに活発化した。

上空から見たチューク郡。奥に見える山中に、ポル・ポト派が潜んでいた。

夜間移動するゲリラ部隊に対し、政府軍が迎え撃つ連射砲の音で目が覚めることも何度かあった。同派支配地域に近い村で、自由で公正な選挙に関する制度説明を行っていた私の首元に銃口が突きつけられ、活動を停止するよう求められたこともあった。
 
村における説明会で話をする筆者(中央右側)。主に通訳(中央左)の力を借りて情報が伝えられた。

 
村々の寺院で開催される村民会合には多数の村人が集まった。

 
我々の正義は、必ずしも彼らの正義ではない。国連による説得が功を奏することなく、武器を持った組織の必死の抵抗は投票当日まで続いた。私の郡では、12村区中、ポル・ポト派の影響下にある2村区への立ち入りが困難となり、投票箱の設置を諦めざるを得なかった。もっとも、賢い住民(有権者)の多くは検問所を迂回して、他の村区において一票を投じることができたようだった。
 
ポル・ポト派の妨害行為がエスカレートしたのは20キロ離れた隣のチュムキリ郡。20年にわたり内戦と避難、過酷な難民生活に苦しんだ多くのカンボジア人にとって運命の投票初日、有権者が我先に一票を投じようと長蛇の列を作り始めていた投票所(学校)で準備をしていた私の耳に数十発の迫撃砲の音が響いた。朝の6時半頃だった。チューク郡から救出に向かった仏軍部隊(平和維持軍)から、ポル・ポト派による投票所襲撃の概要が伝えられた。チュムキリ郡の仏軍(小部隊)は包囲され、私の同僚も拘束されたとのこと。ある程度の覚悟はしていたが、考え得る最悪の事態が発生した。一瞬たじろぎ、全身がしびれた。
 
ポル・ポト派がチューク郡のいずれかの投票所にも攻撃を仕掛ける可能性を瞬時に予測したが、ポル・ポト派はその一手には出ないという確信を持つに至った。その根拠を示せと言われると難しいが、直前まで、当郡のポル・ポト派とのコミュニケーションが続いていたこと、彼らの影響下にある2村区では投票所を設置せず、過度な刺激を与えなかったこと、駐屯していた仏軍の規模が比較的大きかったこと、投票所開設と国連選挙監視団の配置等に係る緻密な準備などの要素が頭に浮かんでのことだった。結果、チューク郡では当初の計画通り、10村区において自由で公正な選挙が3日間にわたって実施され、投票率も(私の記憶に間違いがなければ)90%を超えた。

  • 投票に先立って行われた有権者登録の様子。
  • 有権者登録会場には、各村の集会所などが利用された。

間もなく、あの日から30年。吾輩も今年還暦を迎えた。計算上の折り返し地点でもある1992年~93年は、間違いなく人生の大きな節目であり、開発協力、国際協力という大海原への入り口でもあった。
 
最後になるが、UNTACのミッションを遂行する過程で殉職された、私の同僚、中田厚仁氏、また岡山県出身の高田晴行警視に改めて、心から哀悼の意を表したい。
 
 

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この記事を書いたのは
鈴木 俊介(すずき しゅんすけ)
理事長


大学で法学と国際関係論を学んだ後、民間企業に就職。国連ボランティアとして派遣された国連カンボジア暫定統治機構や、国連南アフリカ選挙監視団における経験を通じて国際協力業界へのキャリアチェンジを決意。米国の大学院で国際開発学を学んだ後、ミャンマーでのプロジェクトへの参画を経て、1999年、AMDAグループ入職。ベネズエラ、インドへの緊急救援チームを率いた他、ネパール、アンゴラ、インドネシアなどで様々なプロジェクト運営に携わる。2002年、AMDA海外事業本部長就任。2007年、AMDA社会開発機構設立。理事長就任。趣味は旅行、山羊肉料理の堪能。岡山のお気に入りスポットは鬼ノ城跡、豪渓。神奈川県出身。

 

 
 

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