灯台下の暗やみに、あかりを灯す

2023/04/27

ネパールで新しい取り組みが始まりました。場所は、極西部のカイラリ郡チュレ地区。
妊産婦と新生児の死亡件数を迅速に低減させることを目的とした活動です。
 

標高1,000m~1,800mの丘陵部に点在する集落に、約2.5万人の住民が暮らすチュレ地区。

 
カイラリ郡の地形は南の平野部と北の丘陵部とに大きく分けられます。南部はインドと国境を接していることもあり、貿易産業が盛んです。そのおかげもあり、郡都であるダンガディ市は、国内第9位の規模を誇る商業都市へと発展してきました。
 
一方、北部に位置するチュレ地区はどうかといえば、貿易産業の恩恵には程遠く、まさに開発から取り残されたまま。各集落へと通じる道路の舗装整備は進まず、山肌を削っただけの山道が頼り。公共サービスへのアクセスも限定的です。
 
郡都ダンガディ市からチュレ地区へは車で約2時間の距離。地区内の道路整備も追いついておらず、徒歩が主な移動手段の住民も少なくない。

 
そんな状況を揶揄(やゆ)して人々が口にすることば、それが「灯台下の暗やみ」です。
 
ダンガディ市が灯台のようにきらきらと光を放ち、近隣地域のビジネスにも影響を与える商業都市であるのに対し、その足元にあるチュレ地区に、灯台のあかりは届いていません。
 
多くの人や物が行き交うインドとの国境。チュレ地区の様子とは大きく異なる。

 
さて、冒頭で「妊産婦と新生児の死亡件数を迅速に低減させる」とお伝えしましたが、チュレ地区では2021年、506件の出産に対し、妊産婦死亡が6件、新生児死亡が13件もありました。計算するまでもなく、ネパール全土の平均と比較しても「異常に多い」割合です。地元の人の話によると、これはあくまでも「診療所で」亡くなった数。地区外に搬送された後に亡くなったケースなども含めると、もう少し多いのでは…とのこと。
 
主な原因は3つあるようです。
 
1つ目は、分娩に対応可能な診療所が2か所しかないため、多くの妊婦が自宅で、熟練者の介助なく分娩にのぞまなければならないこと。
 
2つ目は、ハイリスク妊婦の特定と対応が不十分なこと。チュレ地区は、その過酷な地理的条件から、ネパール政府による「農村部エコー検査プログラム」の対象地になっているのですが、人材や機材の不足でエコーによる妊婦健診が行われていないのです。実際、分娩時になって初めてハイリスク(多胎)であることがわかり、十分な対応ができず、胎児が亡くなったことも。
 
チュレ地区第2区の診療所。老朽化が激しく雨漏りもしている状況だが、スタッフは予防接種や妊産婦健診などサービス提供に尽力している。残念ながら分娩には対応できない。

 
そして3つ目は、情報や知識の不足と因習です。住民の9割が信仰するヒンドゥー教には、出産に関する因習が色濃く残っていて、例えば、「診療所で出産すると不浄が落ちない*」という高齢者(夫の父母ら)の意見に、妊婦(立場の弱い若い嫁)は従わざるを得ないことも。
 
始まったばかりの新しい活動では、この3つの課題の解決に取り組むことで、妊産婦と新生児の死亡件数を迅速に低減しようと試みます。
 
特に大切にしたいのは、3つ目の課題への取り組み。高齢世代が経験してきた、時に非科学的で、医学的には間違いとされる伝統的な習慣を、単に否定するだけでは解決につながらないどころか、反発されてしまう可能性もあります。若い世代が求める行動様式の重要性を明確にしつつ、地域の幅広い層に訴えることで、価値観の円滑な変化を後押ししていきたいと思います。
 
灯台下の暗やみにあかりを灯せるよう、スタッフ一同、がんばります。
 
地域住民へのインタビュー中に集まってきた子どもたち。まだちょっと恥ずかしそう。

 
*出産後11日間は家族を含む他者との接触が許されず、家畜小屋などの隔離された空間で過ごすことを慣例とする世帯もある。診療所で分娩すると、隔離期間がないため、不浄が落ちないとされている。
 
なおこの事業は、日本国外務省からの資金協力(令和4年度日本NGO連携無償資金協力)に加え、生活協同組合おかやまコープ「AMDA基金」ほか、皆様からのご寄付により活動を進めています。
 
 
 

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