パウッの飛行場跡地 ミャンマー事務所 江橋裕人

【2017年09月28日】

皆さん、こんにちは。ミャンマー事務所の江橋です。

先日、事業地の一つであるパウッ(安全な出産と新生児ケア推進プロジェクト実施地)に出張した際、偶然に興味深い場所を発見しました。それは「飛行場跡地」です。日本にもいくつかあるようですが、そうそうお目にかかるものでもないでしょう。私は廃墟マニアではありませんが、廃線跡や旧駅舎、橋の跡など、かつての日々を思い起こさせる場所は嫌いではありません。

ジョギングが趣味の私は村へ行く前にひとっ走りしようと思い、ゲストハウスを出ました。しかし、右を向いても左を向いても野良犬たちがワンワン吠えていて進めない・・・。困った私は目前の細い砂地の道を行くことに。進むこと300メートルほどで急に視界が開け、滑走路のような場所が!こんなところに空港?

パウッのゲストハウスを出発

パウッのゲストハウスを出発

のんびりした雰囲気のパウッ市街地

のんびりした雰囲気のパウッ市街地

パウッは人口約17万人で、大きな町とは言えません。近辺には大きな工場も軍の施設もありませんし、車で2時間30分ほど走ればニャンウー空港があります(仏教遺跡で有名なバガンにある空港です)。こうして考えると、パウッに商業ベースで空港が作られるとは考えにくい。もしかして、日本軍か連合軍が第二次世界大戦の時に作ったのか!?と昂る気持ちでパウッ出身スタッフに聞いてみると、若い(20歳代~30歳代)彼らは知らないと言う。スタッフの父上で88歳になる方が言うには、パウッ空港は第二次世界大戦後ミャンマー政府によって作られ、30年ほど前まで使われていたらしい。数人から十数人程度のセスナ機が近隣100キロ程度以内の町をつないでいたようです。第二次世界大戦は関係なかった・・・。

旧滑走路

旧滑走路

今は生活の匂いもする旧滑走路

今は生活の匂いもする旧滑走路

建物はなく、滑走路跡だけが残る、かつて30年間くらいは運用されていたのであろうパウッ空港。今でこそ周辺の幹線道路や橋も整備が進み、パウッと近隣地域アクセスは改善されつつあります。昔は川や山に阻まれ陸の孤島のようだったパウッ。1950年から1985年くらいまでの間、どんな人たちがどんな思いでこの空港を使っていたのでしょう・・・。次回の出張でも、飛行場跡地を走ってみようと思います。