MINDS登山部 5,360メートルへの道のり ④氷河に沿って歩く。水と岩の世界

2014/08/06

*過去の連載を読んでいない方はこちらからどうぞ*
①準備は入念に
②出発。ルクラからナムチェ・バザールへ
③富士山より高い場所
 

ただ歩いて過ごす一日を、何度も繰り返しました。
朝、まだ薄暗い時間に起きて、寝袋をたたみ荷物をまとめて、ゆでたまごとパンと紅茶の朝ごはんをすませる。ようやく太陽が出てきた頃にバックパックを背負って出発。ときどきシェルパ氏が山の名前と高さを教えてくれるのですが、私が全く覚えないので(酸素が少ないせいか頭がもうろうとするのです)、彼は同じことを何度も言わされます。たいてい、お昼すぎに次の目的地に到着して、その日の午後は周辺を散策しながら高度に順応していく。夜は、ひとりでじゃがいもを食べて(シェルパ氏はどっかに飲みに行っているみたいだったけど)、8時前には寝袋に入ってしまいます。高地のロッジは簡素なもので、ベニヤ板で仕切られた3畳ほどのスペースにぎりぎりひとりが乗れる程の木の台があって、そこに寝袋を敷いて寝ます。
寝る前には、プラスチックの水筒に熱湯を入れてもらい(高地では水もお湯も有料です)、湯たんぽ代わりに抱えて寝て、それが翌日の飲み水になります。

標高4,000mを超えて更に高度を上げていくと、緑豊かな森林が姿を消し、乾いた岩場と赤茶けた低木が延々と続きます。それまでに「森林限界」なんていう言葉を意識したこともなかったけれど、その時確実に、異なる自然界の領域に足を踏み入れたと感じました。
農耕もほとんどできないその場所では人が1年を通じて生活を送ることは難しく、この辺りで暮らす人々は、トレッキングシーズンだけロッジを経営するために下の村から登ってくるそうです。たいてい、ロッジは女性が切り盛りし、男性はトレッキングガイドや荷運びのために出かけていることが多いようでした。またその間、子どもは麓の村に残って学校に通うなどしているため、1年の内のほとんどを家族ばらばらで過ごすことになるそうで、厳しい環境で生き抜くシェルパの人々の家族の絆とたくましさを感じました。
標高4,470mにあるマッチェルモでは、とあるシェルパの家族が経営する小さなロッジに泊まりました。ここでもお母さんがひとりでロッジの運営をする傍ら、5歳の女の子と6ヶ月の男の子の子育てをしていました。お母さんの手伝いをしたい盛りのお姉ちゃんは、「あたし水汲みできるよ!」と私を水場まで連れていき、手が切れそうに冷たい水を10リットルのポリタンクに詰め、荷運びのお兄ちゃんよろしく、背中に担ぎ立派に運んで見せました。一方の私は、水場までのアップダウンだけで息切れする始末で、まったくの役立たず。万が一、男前のシェルパと運命の出会いを果たしてもお嫁さんにはなれそうにないな、と思ったのでした。

幸いにも(?)、私の旅のパートナーであるシェルパ氏は、2人の奥さんと6人の子ども、そして3人の孫がいる53歳の爺さまだったので、お嫁さんになる心配をすることなくトレッキングに集中することができました。
マッチェルモからは、4,790mのゴーキョまで一気に登ります。その道中には、13人の日本人と12人のシェルパが、巨大な雪崩に巻き込まれ命を落とした場所がありました。自然は、時に無情なまでに厳しく、だからこそその美しさに人は惹かれてしまうのだろうと、もうろうとした頭の中で思いました。道はこれまで以上に険しく、雪解けの水流に沿ってごつごつした岩場を登ります。いたるところにケルン(道しるべとして石を積み上げたもの)が置かれ、目的地が近付いていることを教えてくれます。息苦しくてなかなか足が前に進まないのですが、前方のチョ・オユー(8,201m)が進むにつれてその姿を大きく現してくることが、少なからず私を励ましてくれていました。

雪解けの水流にかかる最後の橋を渡ると、紺碧の氷河湖が広がっていました。その青色はこれまでに見たことがなく、その湖の岸辺に並ぶ数え切れないほどのケルンも、周囲にそびえる雪山たちも、それらのすべてが、私が歩いて7日間もかけてそこまで来たことなんてちっとも気にしていないように気高く揺るぎなく、それでいてどこか親しげな雰囲気を漂わせていました。

「おつかれさん。ゴーキョについたよ。」シェルパ氏が言いました。
そこは、ゴーキョ・ピーク(5,360m)手前の宿泊地。その場所から、目指してきた頂きをようやく望むことができました。

「ここまで来たらもうすぐそこだね」とはしゃぐ私に、「これまでの道のりはすべてあれに登るための練習。これからが本番です」とシェルパ氏。
私が、この言葉の本当の意味を理解するのは、もう少し後のことになるのでした。

「最終回 You have done it!」に続く。

シェルパの女の子
シェルパの女の子
岩だらけの道を歩く。中央に見えるのがチョ・オユー
岩だらけの道を歩く。中央に見えるのがチョ・オユー
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最後の橋を渡ります

左の山が「ゴーキョ・ピーク」です
左の山が「ゴーキョ・ピーク」です