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今、私はブトワールというネパールの地方都市の旅館でこの原稿を書いている。目の前にあるテレビに映るBBCのニュースからは、エベレスト登頂を目指す登山家がベースキャンプから先へ進むことを許されず、それゆえシェルパ達は仕事にありつけず、またジャーナリストが締め出されるなどと、混乱が起きていることを報じている。
すべての原因は、ヒマラヤの尾根を越えた反対側で起きている聖火リレーである。
私の理解が間違っていなければ、こうした制約は、チベット側にある聖火を守るため、ネパール側から反対派が侵入することを阻止するための措置である。
これを「とばっちり」と呼ばずに何と呼べば良いのであろうか。アスリート達が4年に一度のオリンピックを目指してトレーングを重ねることと同様、今ベースキャンプにいる登山家達も、この時期にエベレスト登頂を目指してお金を集め、またトレーニングを重ねてきたのではないかと察する。まったく気の毒なことである。
さて前置きが長くなってしまった。
ご存知のようにブトワール市にはAMDAの子ども病院がある。だが氷雪を頂くヒマラヤとは反対側の平野部に位置し、一年で最も暑いこの時期の気温は日中40度を越える。
驚いたことに、病院の事務方スタッフは9時から4時の間に5リットル近い水を飲んでいる。1.5リットルのボトルに入った水を3回お代わりするのである。まさかと思ったが、エアコンなど望めない仕事場で、天井に設置された扇風機を回していると、皮膚から蒸発する水分も多いのであろう。大量の水を摂取することがすでに習慣になっているようで、そこには水分の出入りに関する個々人の方程式がある。
病院内も暑いが、患者もその家族も天井ファンでなんとか凌いでくれているようである。
しかし最近は政府による計画停電の時間が長くなり、燃料費が高騰する中、発電機を使用せざるを得ない病院には痛い出費が続いている。不幸中の幸いは、2001年に国際協力財団からご支援頂いて購入した自動制御装置付きのイタリア製発電機が、今も順調に作動していることである。おかげで手術を中断しなければならないような状況に陥ることはない。
暑い季節は、下痢に端を発した脱水症状が顕著である。特に、軽症の段階で手当てを受けられない幼い子どもが失命の危機に瀕することになる。
WHOの指標によると、ネパールの乳幼児死亡率はここ10年で大幅に改善されている。しかし病院を訪れる患者を見る限り変化していないかのようである。ER室でまた今日も、我が子に何が起きているか理解することができない母親の横で、栄養失調と脱水症状を呈した幼い子どもが、意識なく微かな呼吸を繰り返している光景に出会う。
敗血症・・・新生児が命を落とす原因の一つであるが、妊娠中に母親が予防接種を受けていればおおかた防げる疾患である。しかし私の目には、ベッドの上で点滴を見つめる母親の姿と、彼女に抱かれた赤ん坊の小さな左手に刺さった留置針とが、不釣合いな要素として映っていた。そこには悪魔が存在し、不幸を導く方程式が釈然と成立しているかのように感じた。
乳幼児の生命の危機は、母親(そして父親)の無知や怠惰による「とばっちり」なのであろうか?
ネパールにおける十月十日(とつきとうか)は、他国のそれと異なる意味を持つのであろうか?
もっとも、ネパールでは妊産婦の死亡率も他のアジア諸国と比べ飛び抜けて高い。彼女たちの本当に気の毒な運命も、もっと大きな「とばっちり」を受けたことによるものなのであろうか?
方程式は係数を含む。その係数を構成する要素の一つに、ここでは「少数民族=マイノリティー」を挙げることができる。
科学的に確固たる証拠があるわけではないが、統計的に乳幼児の死亡率との間に正の相関関係が存在する。一般的に、同国の平野部に住む少数民族の多くは、特に女性は十分な教育機会を受けることなく成人した人が多い。
先述した2つのケースも患者はマイノリティーである。タルー、マデシと呼ばれている。患者がマイノリティーに属するかどうかは、苗字から(それが良いことかどうかの論議は他に譲るとして)判断することができる。
???・・・そもそも「とばっちり」とは予期せぬ負の外部要因を指す。
また方程式とはセオリーのことである。
従って本来2つの概念は相反するものであり、予め定められた「とばっちり」などないはずである。
輪廻転生を信じるのであれば、マイノリティーに属することは予定説の一部であるに違いない。しかし、魂が行き交う何百年という歳月の中で、魂に選択肢があるとすれば、それはとばっちりと言えるかもしれない。
さて、不幸の方程式を崩す方法がある。
それは「まさか」の実現である。敢えて言うなら「逆説のとばっちり=正の結果をもたらすとばっちり」である。
「まさか、ブトワールの地に子ども病院が建設されるなんて・・・まさか子ども病院が今日まで10年も運営され続けるなんて・・・まさか子ども病院がこんなに多くの子どもの命を救うなんて・・・」
きっと不幸の方程式を持ち込んだ悪魔はそう囁いているに違いない。
そして今、もう一つの「まさか」を実現したいと考えている、国際ボランティア貯金の配分金と皆様からのご寄付を頂戴して。
「まさか、こんなに多くの少数民族の女性が妊産婦検診を4回受けるなんて・・・まさか、こんなに多くの出産が安全に施されるなんて・・・。」
今最初の一歩が始まろうとしている。
(暑さのせいか、少しラフな書きぶりになったことをお許し頂きたい。) |